イガイガする。
ピアノ奮戦記、ついに始動
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やっと観たよ、真美紀どん!
あたしゃー映画館で観るの
苦手でね。
家でワインなんかを空けつつ
ダラダラとソファーに横になり
画面を見つめるのが好きなの。
新居構えたら絶対
シアタールーム作るね。
そんな話はさておき。
期待はずれでした。
確かに、色彩感覚+衣装は
ずば抜けてる。
あのギトギトした世界は
あの監督でしか作れない
だろうな。本人もギトギトした顔してるし←超失礼
でも、きよ葉に土屋アンナは
あまりに安易じゃないか?
型破りな性格は相通ずるものが
あるとしても。
あの時折見せる隠微な色気がないもの。
正直、ただの「パンクスガール」
にしか見えなかった。
下妻物語が良すぎたね。
粧ひも、菅野ではなく、もっと
エロエロした女優にやってほしかった。
対照的に、木村佳乃が好演だったね。
日本美女はいい。
「NANA」を観た時もひどい悪寒が
したけど、
やっぱりマンガは映画にしちゃいかん。
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米国映画はアクションばかりが
目玉みたいに思われているけど、
ロードムービーの旨さは、
間違いなく突出して
いる、と思う。
オヤジの会社が倒産した、息子がしゃべらねえ、
娘がミスコン目指してんのにデブ、
なんつーか、はたからみれば
哀れな環境なんだけど、
それをコミカルに描く能力。
あっけらかんな人間性。
それは米国人だからできる
技なんだと。
「it will be alright(何とかなるさ)」
米国人はこの精神がすんごい旺盛。
結局何とかなっちゃうのよね。
某大統領みたいに。いいんだか
わるいんだか知らんが、物事を
深く考えない。
人間の「陽」の部分をうまく、
そして都合よく持ち合わせているのが
米国人だと思う。
ま、彼らの人間性はどうあれ、
「ストレイト・ストーリー」でも
衝撃を受けたけど、
やっぱり米国のロードムービーは、
いい。
周防正行監督作。
かいつまんで言えばですね、
痴漢と間違われた男が逮捕され、
起訴され、裁判にかけられるというお話。
「日本の裁判はズバリこうだ!」と
評が歌っているとおり、
日本の裁判ってホントこうなのよね。
いま、仕事で裁判を傍聴する機会が
多くなったからこそ実感する。
内容はさておき、
映画の中では、
取り調べの刑事は「鬼」の役と「泣き落とし」の役
という、まるで昭和の刑事ドラマみたいな
設定がこれでもかというくらい忠実に再現されていて
「いまどきこんな奴いんのか?」と
笑いたくなる場面もあるんだけど、
「あー、起訴!起訴だよ!」と
吐き捨てちゃう検事がいたり
無罪に傾いた裁判官が
「無能」として左遷されちゃったり
人間を裁くのが人間であるが故に
生じる「ゆがみ」をうまく抽出した
作品だな。と思う。
私的には
次回公判の日程を調整する際に
検察官、弁護士が
「差し支えですー」という
場面がすんごいツボで
(これ実際にも言うんだよ)
逮捕から裁判、判決までの一連の流れを、
素王監督は緻密(ちみつ)に取材したんだなぁと
感心させられてしまう作品でもありました。
気になったのは
ラストで主役がつぶやく
「真実は、ボクだけが知っている」
という言葉。
よくさ、裁判官が「あなたには黙秘権があります」とか
言うじゃない。
あれって、被告の人権を守るというより、
被告の発言自体を裁判官がはなっから
信用してない、っていうことなのかな、と。
被告がいくら反省の情を見せようとも、
それは単なる「言い訳」かもしれない。
被告の心情でいくらでも
真実を「ねじ曲げる」ことはできるわけで。
裁判の当事者は、被告じゃない。
検事と弁護士が「自分に都合の良い事実」
を集めて「勝ち」を競うゲームなのだ。
でも、人間の目が入った時点で、
事実は、真実じゃない。
そこに感情や偏見、生まれ育った
環境から生じる価値観が入るから。
私の仕事なんかも、
「真実を伝えること」なんて
偉そうに言ってるけど、
あくまでもそれは「事実の一面」。
真実なんて、どうしたって書けないのよ。
何が物事の「真実」なんだろう。
そんなことをふと、考えてしまいました。

